子どもが抱えてしまう

「3つめの駅で降りるから、それまで静かに座っていられるかな?」などと目標を定め、静かにできていたら「さすが!」「すごい!」「これならいつでも電車に乗れるね!」と褒めてあげるのです。ちなみに、こういうシーンを例に挙げ、「准叩いてでも静かにさせたものだ」というおじさんがいますが、いたって怒鳴ったって子どもが静かになるはずありません。ますます事態が悪化するばかりでしょうこういうときに叩そういうことを言う人を見ると私は、「きっとこの人、子育てをまったくしなかった人なんだな」と思ってしまいます「ラクに謝る技術」で子どもを守る!元気のいい男の子はお友だちとのトラブルも絶えません。じゃれあうのが本能なのですから、仕方ありません。公園で知り合ったばかりのお友だちともすぐに仲良くなれますが、すぐに取っ組み合いをはじめます。フリースクールで不登校の学童でも女性には理解できないみたいですが、それが男の子のスキンシップといってもいいでしょう。取っ組み合いをしても、その証拠に、またすぐにいっしょに遊び出しますから。でも、公園に遊びに来る子どもの親のみんながみんな、そう思ってくれるわけではありません。自分の子どもが叩かれたり泣かされたりすると、血相を変えて飛んできて、泣かした子どもとその親をさげすむような目をする人もいます。ことのいきさつはどうであれ、苦情を言われたら謝るしかないでしょう。

幼児たちのためを思い
子どもの側からもそれを求めなくなるし、母親も積極的ではなくなります。中にはからだで甘えないことをもって独立心のある子どもとして、誤って高い評価をしている母親がいます。しかし、潜在的には強い情緒の不安定状態であり、何らかの機会にそれがさまざまな問題行動となって現れてくることがあり、近年、そのような子どもが小学校において増加していることに注目しなければなりません。したがって、教師は母親と面接して、過去の生活史を十分に聴取して、その点を確かめる必要がありますその結果、スキンシップの不足していたことがはっきりすれば、小学生であっても、帰宅後にひざの上にのせてあげたり、添い寝をしてあげるなりして、スキンシップを通じて、母子間の情緒的な結びつきを緊密にするように提案するとよいでしょう。それが実現されると、べたべたと母親にまとわりついてきますが、それが著しければ著しいほど、過去におけるスキンシップが少なかったことを示していることなので、子どもが自分から離れていくまでスキンシップを続ける必要があります。

子どもにも大人の立場を考えてもらうよう
子どもにも大人の立場を考えてもらうよう

それによって、子どもの硬かった表情が消え、明るくなるし、ありのままの情緒がはっきりと現れるようになりますから、非常に扱いやすくなります。問題行動は、その間に次第に減少することは言うまでもありませんわがままな子どもには、まず両親の協力を第二に、扱いにくい子どもとしては、自分本位の面の強い(わがままな子どもでしょう。このような子どもは、過去の生活史の中で、自己統制の能力が養われていないのです。すなわち、家庭内で溺愛を受けて、自分の欲望が遂げられることが多かったのです。母親に面接してみると、自分では子どもの欲望に制限を加えようと努力したが、年寄りがいて、それが実現されず、その点で夫の協力も得られず、焦りと不安の中で養育が混乱していたという告白を聞くことがしばしばあります。

子どもが夢中で興じる遊びの大半は
レベルを落とすと言うことは、その先の大学受験の可能性を諦めることに他ならない。何よりも、長男自身がその志望校に入りたいという希望が強かった。当時の長男の勉強はその学校に入るため以外の何ものでもないと言うような気迫が漂っていた。それを感じているのに、親が弱気になって自分の不安を除くために子どもの希望を曲げさせることは、私には理不尽以外の何ものでもない。ここで、簡単に志望校変更の話を出してしまえば、長男は自分の可能性を親が信じてくれていないことを察知してしまうだろう。

それは、自分を支えてくれる精神的支柱の一つを失うことに他ならない。私にしても、正直言って費用のかかる滑りどめの私学に行かれるのは経済的には苦しかったので、ランクを落としての受験はいろいろな意味で心配から解放される。しかし、その苦しさから親が逃れようとすれば、子どももその時に直面している苦しさから逃れてしまうことになる。それは人生の中でも逃げることを覚えてしまわないか?そうなってしまえば、長男はこれからの人生で、今以上に踏ん張れることができなくなってしまうかも知れない。だから、私はやせ我慢をすることを選んだ。